七夕に逢引する眞桃ーカエルくん、渡瀬眞悧を救うー果たしてそれは可能なのか。

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星々のあかりが、夜の空を照らす。
暗闇いっぱいに満点の星空。

七夕の夜に、こんな、写真でしか見られないような、くっきりとした天の川が見れるなんて、
なんて、照らし合わせたかのような奇跡だろう・・・。
現実とは反対方向に、この景色が素晴らしくて、唖然とした。

僕は、何も持たずに、河原に横になって、この空を眺めて、見知らぬ場所に思いをはせた。
映る景色の総てが、この星空になれば良いと思って。

こうして、普段そこまで凝視して見ない空を見上げると、
なんてとおく、ひろい・・・

それなのに、空も、宇宙も、人の目の届く限りで終わってしまう。
自分の知らない場所がさらにあるのだろう、と宇宙が知らせてくれる。

まず、この星空だけでも、
認識しやすい星と、しにくい星がある・・・。

輝きのつよさとよわさ。遠くにある、見づらいもの。見る僕の知識の有無。

こうして考えると、
目の届く限界以外にも、広く宇宙を見るには、課題がありそうだ。


ーそう。あなたの見知らぬ場所は、ありとあらゆるところに偏在し存在する。
視点を変えるだけでも良いし、拡大したり、縮小してみせたりすることでも生まれる。
または、何かを置くだけでも、あたらしい場所は生まれ、死んでいく。




コールサックと呼ばれる場所。
星々の影で作られた、暗黒星雲と呼ばれる物の大きなもの。
これは、
そんなコールサックや、天の川が見える七夕の夜の逢引のお話。

コールサック。暗黒星雲
そんな極めて透明で巨大な闇の中から、
とあるふたりが
お互いを目指して
待ち合わせをするように、歩いていた。

銀河に黒のような色があるなら、それよりもさらに深い深海のような色をしていた。
けれど、この場所そのものはほとんど透明で、空の模様をただ鏡のように映しているだけだった。
なので、この深い海にも、星々の光や塵は瞬き、そしてここは、本物の海のように、
どぷん、たぷんと、時折波を打っていた。

その波はふたりの内のひとりの男の足元まできており、
もうひとりの女の子の方は、
波が高くなると、お腹まで水しぶきが跳ねてしまっていた。

そんな不思議な場所を、ふたりは儀式のように、ちゃぷ、たぷんと歩きつづける。しかし、
ふたりからお互いは見えていなかった。

こうしてさらに別の場所から見なければ、ふたりがお互いを目指していることが
分からないのだ。

この広い銀河を映す水面のような海は、とても危険な場所だ。

少しでも下を向いて歩こうものなら、狂ってしまいそうになる。
今、歩いている自分が、映っている水面なのか、本物の自分そのものなのか、境界線が分からなくなるのだった。
そのうえ、長い距離を歩くとなると、その広大な、果てなく続く空の孔に、〈我〉を忘れてしまうのだ。
歩くときは、己の執着を考えることがコツだった。


それでも、ふたりはその場所を歩き続けていた。


…もう少しで、
ふたりは互いの場所に辿り着けそうだ。
お互いの姿が、見える。

上と下の境界線だけではなく、向かいがどちらかも分からなくなるようなこの場所で、
男が、向かい側の小さな女の子に向かって、喋った。

「やっと・・・会えたね。
君は、邪魔だった。
僕は箱を壊す。君とはまったく違う形で、
救いようのない世界を救うんだ。僕は、この世界を壊してみせる」

男はそう話しながら、女の子のもとまで行く。
そして、彼女を自分の顔の近くまでさっと抱き上げた。

彼女をみつけてからの男の足取りは妙で、
急いできた様子と、
涼しげで焦っていない様子、
その両方が感じられた。
彼は、
恥ずかしがっているようだ。

そんな彼も、低いとはいえ不安定な波のある場所で、彼女を心配しているようだ。

そして続けた。女の子は、男の服をぎゅっと握りしめた。

「だけど、今ではこんな夢がある。ずっときみと一緒に
同じ列車に乗って、遠くに行けば、良かった。
カンパネルラは、ザネリと一緒に列車に乗り続けた。
僕も、桃果ちゃんの隣でずっと同じ列車に乗っていれば良かったんだ…
だけど…僕も……今も、僕は…」

男はなんとも表し難い顔をした。

すると、小さな女の子は、

「あなたはそもそも列車にも乗せてもらえなさそう」

と、彼の話をさえぎるように、軽口を言った。

そして、女の子が手に持っている袋をちらと男は気がつき、表情を変えた。
そして、

「それもダメ?辛辣だねえ」

と、それには何も触れずに言葉を返した。

すると、

「だって…」と

女の子は言う。

「それが僕の役割だものね」
「それが私の役割だからね」




息の合ったふたりの瞳には、深い星の海の透明な光たちが映っている。

男は女の子を抱き上げて、子供を抱くように、同じ目線で向き合う。

そして、ふたりはお互いを見合う。すると、お互いの顔が、瞳の中に宿る。お互いの顔を見るなんて、こんなことはいつぶりだろうと互いに言う。

そして見つめ合った後、ふたりは、お互いの後ろの、遠くのほうの、それぞれにちがう、海の星のまばゆい光を見ていた。

その瞳は、遠い昔の家を思い出して、哀しく焦がれる瞳だった。
なにか愛しているもの、大事な居場所が、ふたりにはそれぞれあるのかもしれない。

そして、
男がまた先ほどの話をした。

「ふふ、役割…か。ねぇ、桃果ちゃんは、織姫と彦星の話って知ってる?」

彼らの日常のような、多少自然な会話がここから始まった。

「ええ、今日のことね!知ってるに決まってるでしょ!!」

「彼らは一年に一度しか会えないようだけど、
それは、どうしてだったか知っている?
…さて、
彼らはなぜ、こんな距離を与えられたのだろう?
片方が恋人にひどいことでもして、遠い場所に、離ればなれにでもされたのかな?」

彼、自称幽霊である
「眞悧」はむかしのようにまわりくどい話をした。

彼女、「桃果」は今の話を聞き、少しだけ不機嫌な顔をした。が、
彼に不機嫌になる話をされるのは、もういつも。分かっている。

「ふん。…織姫と彦星のどちらかが何か酷いことをした…
そんな話聞いたことないけど…罰かあ…。
うーん。わからない。ふたりは愛し合いすぎた?
身分違いの障害のある恋なのかしら!」

瞳をキラキラさせながら桃果は言った。

「少し違うよ。諸説はあるけどね。
ふたりは恋人との新婚生活に浮かれて、
大切な仕事を、ふたりとも忘れてしまったのさ。
それが、織姫と彦星の罪。
それでふたりはその罰として、お互いに会うためには
果てし無くとおい場所を歩まねばならなくなった。ほんとうに、とおい場所さ。
すぐに会えないほどの場所に、ふたりは移されたんだ」

眞悧は答え合わせをする。

桃果はふたりを思ってか、寂しそうな顔をした。

「そうだったんだ…。
仕事をサボっちゃうなんて、
熱々ね。かわいそうに…。
でも、サボりで怒られたなんて、おマヌケね」

今度は あはは!と笑う桃果。
そして、眞悧は、話を続けた。

「つまり、自分の役割は果たさないと罰を与えられるって話だね。でも、僕は…」

眞悧の表情が必死に変わる。

「どんな罰を受けても
今日、こうして桃果ちゃんに会って、君に、愛してると伝えたかったんだ。
すべて消えてしまってもね」


彼は、何かを懇願するように瞳を潤ませ告げた。
愛しています、と。

その愛のことばを受けた桃果は、痛みを感じていた。
そして哀しく笑ってみせた。

ふたりとも言葉を準備してあるかのように淡々と話したり、唐突に話を突きつけたりする。

桃果も淡々と、そしてずばりと眞悧に告げた。

「あるじゃない、いつでもここに」




ーー僕の必死の告白の後に、
なんだかよくわからないけど、桃果ちゃんは意味ありげに「あるじゃない、いつでもここに」と、
言った。僕の胸の辺りを、小さな手で、ぎゅっと握りしめて。 

僕はそれを聞いて、
なにか救われたような、空っぽになったような、いや、真っさらになったような、
不思議なちからに包まれた。


僕等は、
自分にとってあり得ない現象に、たどり着いた。

僕の片手には、彼女に渡す林檎。
そして、もう片手には、透明な自分たちがあれほど願った、
壊したい《衝動》と《透明なぼくたち》の心を持っていた。

この《衝動》は、
本来ならば人を護るための物なのか、なんのどんな衝動なのかは、
もはや誰にも分からない。

悲しく忌々しい亡骸を、自分はいまも持っている。

それでも…


「矛盾って、抱えられるんだね。けれど、これは人間には、無理な所業だ」

と、僕は言った。

「そうね。でも。眞悧くんだからねぇ」

また、よくわからないことだけど、彼女は僕にそう言う。

「桃果ちゃんだから、だねえ」

僕も、同じようなことを
思って伝えた。
なんと抽象的で曖昧な会話だろう。


いつのまにか、
ぼくらは恋をし合った。
許されない恋。
交われない恋。
でも、なぜか、なぜだか、
お互いを赦し合うものを、
ぼくたちは、
お互いを憎み合いながらも、
実らせてきた。

罰を受けたり、困難を越えながら、こうして、来た。

今日七夕は、
恋人に逢える日。
願いが叶う日。

理不尽と矛盾が連れて来た。
絶望を越えて、
あるいみ、あたらしい理不尽と矛盾のなかに、今、いる。
この場所で僕らは抱き合い、
僕らはくちづけをした。

奇跡は、波のように凪いで、
ここまでやってきた。

巡り合いの輪のなかで、
あるいは、外で、
私たちは、向かい合い、
キスをする。
はじめての、恋人同士のキス。

眞悧は何度かキスをする前に
目をじっと瞑り、
「この奇跡に感謝いたします
今夜は、お赦しをください」
と心で唱えた。

僕は苦しみをうむ行為を、
自分の魂を傷つけてでも、
いつまでも許さない。

でも、他は、すべて赦せる。
それでも、良い。
世に生きる苦しみと絶望と理不尽が、そんなのは無理だ、と僕に訴えかけるが、
この矛盾は、抱えられるのだ。


桃果が手にしていた袋を、眞悧が手に取り、開けると、炎が上がり、袋と中身は燃え上がりながら消滅した。

そして、

真っさらに、とうめいに、
透き通った。



そして、
真実のなかに触れ合い、
恋人たちは、またキスをした。


これは、
どこかから産まれた、
ふたりの
あたらしい愛のかたち。





「いつでも、ここにある」

雲の隙間にぼんやり映る、
幻に近い七夕の逢引。


「これは、僕の願いが見せてる幻なのかもしれないね。桃果ちゃん、愛しているよ」

「違う。今日は、良いんだよね。眞悧くん、愛してる」


透明になっても、感じられるなら。
ひとりじゃないかもしれない。


炎は大きなを増して、やがて綺麗さっぱりと消滅し、黒い燃えかすを散り散りに宙へと放ってゆく。
それらが、空の孔からゆっくりと下へ下へ落下する。空の孔の海は、上へ上へと昇るようにも、その光景を映した。

灰のような、光のような、
これは一体、この世のなんて性質を屑にした物なんだろう・・・。


いつでも、ここに、ある。
それは、ここに、ある。

列車はまた来るのか、
もう二度と来ないのか。
それとも…。

幸福の在りかを、彼らは選ぶ。

いつでも、ここに、ある。







ー横になって空を眺めていたら、
何かが目に入って、
とても痛い!

反射的に起き上がり、
痛みを振り払うため、まばたきを何度もくりかえす。
虫でも入ったのだろうか。

まばたきを繰り返す内に、すぐにむずむずとした痛みも不快感もなくなった。
だけど、これで集中力は途切れてしまい、
飲み物も何も持たずに、喉がカラカラに干からびても、空を見上げていた僕は、もう限界になった・・・。
くたくたに、おかしくなるまで隠れていようと思ってずっと我慢していたのに。さっきまで、あれほど心が空っぽになったみたいだったのに、
こんなこと一つで、僕は、壊れてしまう。

空を見ることを忘れた途端、カエルや虫の鳴き声が耳にわあーーーっと響き渡った。

は.....ぅ、ぅ、う、うう、ううわぁぁぁああああああああああああああああああーーーー

僕は、ずっと赦されなかった泣き声をあげた。我慢できなくなった。

カエルたちの鳴き声が、少し僕を隠してくれるような気がして、ほっとした。
僕は夜明けを待たず、見知った家に帰る事にした。
「逢いたい」と書いた短冊を捨てずに、母に泣きつくことを、生きることを、やらなくちゃいけない。
母に拒絶されてしまったら、僕は存在だけじゃなくて、肉体までも滅びそうだ。でも。生きなくちゃいけなくて・・・。
現実逃避のために来たここで、空をもういちど眺めて、織姫と彦星は出会えたのかな、なんてことを考えて、
僕は、なんとか、家に帰っていった。





生きなくちゃいけない。急いで、早く。手を伸ばさないと、きえてしまいそうだから。